「地酒や たけくま酒店」は幸区で4代続く酒販店。先代からは地酒の専門店として親しまれています。現店主である宮川大祐さんは、若くして川崎の米を使った“伝説の酒”を造ったことでも知られる地酒界の有名人。先代から引き継いだご縁を大事にしながらも、自ら蔵元へ足を運んで培った豊富な知識と確かな舌で、これぞと選んだ日本全国の名酒が並びます。その信頼の厚さから、日本全国から地酒ファンが集うほど。
そんな、全国に知られる地酒の店が2号店を出したのは、人で賑わう商店街の中。60年続いた酒屋さんがあった場所でした。
酒を愛する人が集う場であることは同じ
「幸区の本店は売り上げの8割が業務用の取引。残りの2割も最寄り駅から少し歩く立地もあって、わざわざお酒を買うためだけに来店するお客様がほとんどなんです。でも、こちらの店は『今日、何を飲もうかな』という感じで来店されます。そういう、デイリーユースのお酒を選ぶお手伝いができるのが楽しいんです」と店主の宮川さん。2号店の元住吉店があるのは、多くの人で賑わう東急元住吉駅の商店街。店内には、本店同様日本酒・焼酎のほか、国産ワインや地ビールも揃いますが、客層の違いで本店は日本酒が人気なのに対して、元住吉店はワインをお求めになる方も多いのが面白い、と話します。
取材中も客足が途切れず、さすが名店の2号店……と思いきや、2年前のオープン当初は苦労も多かったそう。前の店は地元で長く愛されていた酒屋さん。商売の地盤があり好立地だとしても、外観もそのまま、ほぼ居抜きのような形で借り受けたため比較されることも多かったのだとか。それでも、ラッキーだったと宮川さんは続けます。
「実は、前の店主さんとは会合でご一緒する機会があって一緒に酒を飲んだりしたこともありました。僕としてはお酒に対する愛情や考え方が近いのかなというのがあったんです。もしかして、先方にもそういう思いもあって譲って頂けたのかな。人気のお店だったのでやめると聞いて驚きましたが、うちが継ぎたいと手を挙げたら『残しておくから使っていいよ』と。だから、外装も中身もほとんど変わっていないんです」
「魅力ある店」へその土地にあった工夫を重ねる
「『あれ? ここは石澤酒店ではないの?』って未だに言われますよ(笑)。でも、いつか地域に根差した店になれるようにと『うちは、うち』と思いながら、この6月で2年。まだまだ道半ばですが、その“道”も歩けば挨拶できるお客様も増えました」と嬉しそうに話すのは、この1月から店を任されている店長の佐藤温志さん。
ここ2~3年で元住吉界隈はファミリー層が増え、中にはベビーカーで入店されるお客様もいるのだとか。クラフトビールやワインはそんな若い層に人気ですが、それらをこの店への入り口に、もっと地酒の奥行深さや面白さを知ってもらうきっかけになればと、季節に合わせた酒や限定の品を並べるなど工夫をしていると言います。
商品1点1点についているお手製のポップも、酒に親しんでもらおうと始めたことのひとつ。商品名や蔵元の名前だけでなく、味の特徴が一目でわかるチャート表にコメントが手書きで書き込まれています。これは佐藤店長が始めたのだとか。
実は、店主の宮川さんは、たった入社半年で佐藤さんに元住吉店の店長を任せることにしました。
「彼は仕事の一つひとつが丁寧なんです。それから、お客様の要望をただ受けるだけではなく、きちんとアピールしたいという気持ちもある。地酒屋はよくも悪くも個性があって、“自分”を持っていることが伝わらないと魅力がないんです。だからこそ、売る側からすれば『どんな味か、どういうシーンで飲みたいか』とお客様と話しながら選ぶのが理想ではあるんですが、最近は店員とのコミュニケーションが苦手というお客様も多い。彼は、それを受け入れつつもいろんなトライしてくれるんです。そんな姿勢が、本店とは違うこの店らしいファンを増やしていくのではないかなと思っているんですよ」と宮川さんは目を細めます。
もともとあったニーズにただ迎合するのではなく、また来たくなる店にする努力こそが地域に愛される店への第一歩。汚い字のほうが目に付くんですと謙遜する佐藤さんですが、その手書きポップを見ながら客同士が話を弾ませているのが2号店らしい風景だといいます。熱い思いのこもった一文字は、確実にお店のファンを増やしているようです。
2ページ目へ